
ルーチョは幼いときからバイクに興味を持ち、既に7歳にして父親のバイクからエンジンを外した。もっとも、そのエンジンが再び動くことはなかったが。。。
その後、レースチームでメカニックとして国内外のレースで働きながら、レーサーになりたいという情熱を育んだ。
1989年、ホンダNSR125を駆り、イタリアのスポーツプロダクション選手権でレースを開始。3戦目のモンツァで、早くも初勝利!!さらに、勝利とポールポジションを重ねて自信を付けていく。
1990年、イタリア選手権で、マックス・ビアッジ!に次いでランキング2位を獲得。
1991年、チーム・イタリア(3年前にメカニックとして働いていたチーム!)からヨーロッパ選手権にデビューし、ランキング10位を獲得。
1992年、再度チーム・イタリアから挑戦し、ヨーロッパ選手権ランキング2位を獲得。
1993年、ガッツァニガ・チームから125cc世界戦選手権にデビュー。
1994年、チームGIVIからプライベートのホンダRS125を駆るチャンスを与えられ、ついに、キャリアで重要となるGP初ポイント獲得。
1995年、名門チーム・ピレリから、ヨーロッパ選手権にキットチューンのホンダRS125を与えられ、11戦8勝という圧倒的な成績でヨーロッパチャンピオン獲得。
1996年、最初のターニングポイント。世界選手権125ccクラスに自らのチームを立上げ、何度かのトップ10フィニッシュを成し遂げる。
1997年、同じ体制でランキング14位。
1998年、スペインGP(ハラマ)で念願の初勝利を挙げ、ランキング5位。
1999年、チェコGPで上田昇とLCR史上に残る1-2フィニッシュを達成。
2000年、ホンダを駆る最後のシーズンはランキング11位。
2001年、マシンをアプリリアにスイッチして1勝し、ランキング4位を獲得。
2002年、同じくアプリリアでランキング4位。シーズン3勝。
2003年、待望の夢をを叶える。初めてレース用バイクを走らせた思い出深いサーキットでイタリアGPで勝利。最終戦のバレンシアで現役引退。
メカニックから始まり、ライダーとして45回の表彰台に登ったルーチョは、現在はMotoGPのチームオーナーでもあり、これまでの知識と膨大な経験を 使って、この素晴らしきモータースポーツの世界の発展に貢献しようと、IRTAコミッションのメンバーとしても活躍している。